第197回:労働許可証の取得規定厳格化がまもなくスタート
弊社の顧客である、飲食店が立て続けに2店閉店することになりました。1店は路面店で、高級感を出している店舗でした。
新型コロナウイルス禍で家賃を滞納していたことが直接の原因ではありましたが、家主である大手ディベロッパーからの強制ロックアウトで、従業員が出勤する前に店舗のシャッターが下ろされ、鍵を掛けられました。出勤した従業員はショックを受けましたが、彼女たちの就職先はすぐに見つかったのが救いです。
別の1店は人気のモールに入っており、コロナ禍を何とか持ちこたえ、昨年10月から売り上げも順調に伸びて事業の回復傾向が続いていました。ただこちらも家賃上昇のため、撤退を決定しました。前回の契約と比べて3~5%程度の上昇であればまだしも、10%近い引き上げとあれば、先行きを考えて撤退せざるを得ません。
ではなぜ家主はこうも強気なのか。それは高い賃料を払っても入居したいというテナント(借り主)が控えているからです。モールからの撤退を決めた店舗には外国人の従業員が数多くおり、撤退発表後の労働許可証の維持、再就職のサポートを行う必要があります。
外国人がシンガポールで就労するには労働許可書が必要ですが、この取得に関する条件がいよいよ9月1日から厳格化されます。MOMから8月1日に各企業に対してリマインダーが届きました。
厳格化に関する政府発表は今年2月でしたが、今から約1カ月後に新規定が導入されるとのことで、新規申請をする外国人人材の駆け込み需要が起こりそうです。
まずEPですが、新規申請時の給与要件の最低額が現行の月4,500Sドルから同5,000Sドルへと10%以上引き上げられます。MOMからのリマインダーで気になったのは注釈です。「年齢とともに徐々に(給与要件の最低額が)上昇し、40 代半ばでは最大 1万500S ドルまでとなります」と書いてあります。
裏を返せば、40代半ばのシンガポール人の雇用が急速に悪化しているということです。筆者の周りでも、40代後半から50代前半で2年以上、「理想の仕事」が見つからないというシンガポール人が数名います。
「理想の仕事」というのは、「勤務先が家から近くて給与が高く、有給休暇日数が21日間ある」というもので、頻繁に募集広告が見受けられる飲食や倉庫などの仕事には見向きもしません。
「理想の仕事」が見つかるまでは、仕事をしなくても親からの支援を受け、基本的に住む家もあるので、食べるのには困らないというのが理由として考えらえます。
「理想の仕事」を奪っているは外国人のPMET(Professionals, Managers, Executives andTechnicians)だと考える人も少なくありません。
MOMのリマインダーで、5,000Sドルのベンチマーク(基準)は現地のPMET人材の上位3分の1の給与水準に基づいていると書いてありますが、現地で人材紹介を営んでいる者の実感値としては上位5分の1程度かと思います。
EPが取得できない場合、他の手段としてSパスがありますが、こちらも新規申請の給与要件が現行の月2,500ドルから9月には3,000Sドルへと20%もアップします。Sパスのリマインダーの注釈にも同じく、「年齢とともに徐々に上昇し、40 代半ばでは最大 4,500 Sドルまでとなります」とあります。
これにより、Sパスを発給する際の外国人労働者比率の上限(DRC、企業の全従業員に対する外国人労働者の割合の上限)を満たしていても、40代では月給4,500SドルでないとSパスの取得が難しくなります。またEP、Sパスとも金融業では他の業種と比べて基準額が500Sドル高くなります。
日本人の場合、5,000SドルでEPが取得できるのは、世界大学ランキングの上位校(東京大学や京都大学、東京工業大学など)の新卒者が考えられます。ただ、そうした上位校の新卒者がシンガポールで「現地採用」として就職することはまずないと考えられます。
日本の他の大学を卒業し、シンガポールの魅力に引かれて現地で仕事をしたいと思っている人に門戸を閉ざしている感は否めません。シンガポール人の雇用を最優先するため労働ビザ取得要件を厳格化すれば「理想の仕事」に就きやすくなると「錯覚」しているようにも感じます。
弊社斉藤連載中Daily NNA 2022年8月4日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋
コラム執筆者
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1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。
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