第208回:昇給率の決定について
西暦の正月が終わりほどなくして、中華圏では春節(旧正月)を迎えました。シンガポールでは1月22日(日)と23日(月)が祝日でしたが、24日(火)が22日の振り替え休日となり、21日(土)を含めて当地では珍しく4連休となりました。
今年は連休4日間のほとんどが雨で、気温も比較的低かったため「寒い」と感じました。春節が過ぎて早く「春」が来てほしいものです。
シンガポールでは「新年」の連休を経て、従業員の間では休暇後に心機一転して仕事に取り組む人も少なくないと思います。日系企業は3月末決算が多く、4月からの新年度に向けて新しい予算を作成している例が見受けられます。
予算を組むに当たり、重要な比重を占めるのが人件費です。人件費を決める上でさらに重要なのは「昇給率をどうするか」という点になります。昇給率の設定は、まず会社の体力や業績予測を考慮しつつ全体像をつかみます。
日本では現在、政府・経団連を含めて積極的な賃上げを求める声が上がっています。しかし、さまざまな調査をみると、半数近くの企業は賃上げの予定があるものの、大幅な引き上げは難しいと答えています。
大幅な賃上げを表明したのは、カジュアル衣料大手ファーストリテイリングなど一部の企業に限られます。会社の業績や、グローバル市場での展開状況などが関係しているかと思います。ウクライナ紛争や中国の景気減速、エネルギーや原材料価格の高騰などによる外的要因が影響し、賃上げにまだ及び腰の企業が多いのが実態です。
名目賃金を上げても物価高に追いつかず、実質賃金はマイナスになることが起こりうるため、いかに従業員に賃上げの水準を納得してもらうかも重要です。シンガポールでの消費者物価指数(CPI)は2022年12月に前年同月比6.5%となり、高い水準が続いています。食品価格の高騰を受け、飲食店のメニュー価格が次々に「改定」されています。筆者の実感としては従来比で10%以上上昇しています。
昇給率も同様に6.5%とすれば、従業員としてはうれしいでしょう。ただ企業にとっては、昨今の経済状況下で極端な昇給は経営的にリスクがあります。日系企業が重視するのは、シンガポール全体や同業他社との昇給率の比較です。自社の昇給率がこうした水準のレンジ内に入っていれば、社員の引き留めにもつながるという考え方です。
日系企業の間で特徴的なのはこのほか、昇給率のブレ(幅)があまりなく、全体的に平均化していることです。昇給率の決定要因の一つとして、前年度の個人の業績評価が上げられます。評価制度は企業によってまちまちですが、数字で評価できる営業部門とは違い、経理や総務といった間接部門はどうしても「平均化」する方法を取る例が多くなります。
また営業部門で好成績の社員とそうでない社員との差が開き過ぎると、担当部門の間で不公平感が出てくるため、結局のところは昇給率にあまり幅を持たせず、なるべく全社員が納得する水準を設定しているところが多いのが現状です。昇給率は、昇給後の給与を昇給前の給与で割ったものです。そもそも給与額が市場より低い場合は調整も含め「上昇率」が上がる傾向があります。
一方、既に年功序列などで給与水準が高い社員の場合は、そもそもの「額」が高いため、昇給率は平均的な水準あるいは低めの設定になります。全ての従業員が100%満足する昇給率を設定するのは至難の業ですが、現在の物価高も考慮に入れた水準に設定することが肝要です。
弊社斉藤連載中Daily NNA 2023年1月26日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋
コラム執筆者
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1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。
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