第209回:入社してもすぐに辞めてしまう新人

縁起の良いライオンダンス(獅子舞)の銅鑼の音とともに、シンガポール経済の新型コロナウイルス禍からの回復基調が今年も継続しています。経済が活性化するのは良いことですが、各企業で深刻な問題となっているのは「人手不足」です。

北東部にある日系企業では、セールス兼マーケティングスタッフを昨年から募集していますが、半年以上たっても要件に合った人材が見つかりません。既存従業員の高齢化に伴い、早めの業務引継ぎを目指しての募集ですが、応募者は数人にとどまります。

その会社では以前、数人の若手を雇用しましたが、勤続20年以上のベテランスタッフと1990年半ば以降生まれのZ世代の若手とでは、教え方などを巡って馬が合わないのか、すぐに辞めてしまうことが続きました。他のある小売流通業では、新人が入社1日で辞めてしまうことが続発しました。

入社前の面接では、業務内容に合意して雇用契約を交わしたにもかかわらず、1日だけ勤務した後、体調が悪いと言って出社せず、そのまま退職してしまいました。聞くところによると、入社前の業務イメージと入社後の人間関係を含む仕事環境・内容が違ったとのことでした。

同社では職場での差別問題につながる事例もありました。シンガポールの人口は大きく3民族から成りますが、あり民族の新人が配属された部署の上司が別の民族で、その新人は「そのような上下関係に慣れていない」と言って辞めてしまったそうです。

なぜ入社してもすぐに辞めてしまうのかを考えると、「業務内容や人間関係を含む職場環境に合わない」ことが挙げられますが、これに加えて「労働の対価として賃金を得る」ことが希薄になっているのかなとも思います。

労働の対価とは、本人が持っているスキル、経験、学歴などのインプットと、賃金、良い上司や同僚、休暇日数などのベネフィットといったアウトプットとのバランスです。このバランスが崩れている場合、労働者は「辞職」「転職」を選びます。

労働市場が活性化している昨今は転職が容易です。賃金上昇圧力も強い中、インプットとアウトプットのバランスが取れている企業を重視するのは仕方がないことでしょう。

企業は募集案件を明記し、採用面接に直属の上司を参加させ、業務・作業現場について細かく説明することなどを通して、入社前と後のギャップを埋めることが必要です。また入社後は、オリエンテーションや業務研修を実施し、いきなり現場に配置するのを避けることも大事です。

賃金上昇圧力に対しては、店頭やインターネット上に掲示されている同業他社の募集広告を日々チェックし、労働市場に基づく適切な賃金情報を参考にしつつ、競争力のあるベネフィットを構築することが肝要です。そうやって少しでも辞職・転職されるリスクを軽減していきましょう。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2023年2月9日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。