第214回:昇給の実施方法
先日タイのバンコクに5年ぶりに行ってきました。ちょうどタイ正月(ソンクラーン)の時期で、タクシーの運転手によるとソンクラーン・カバーン(ソンクラーンが戻ってきた)と4年ぶりに「水かけ祭り」が復活していました。
バンコク市内は珍しく渋滞がほとんどなかったのですが、タイ正月で地方出身者が帰省していたのに加え、円安を背景に桜シーズンの日本を旅行するタイ人が増えたことも理由のようでした。
タイヘの入国に関する規制も完全に撤廃され、現地の雰囲気は完全に新型コロナウイルスの流行前に戻っていました。バンコクの物価も急激に上昇しており、筆者が駐在していた2001~06年ごろに比べて、体感として2~3倍の水準になっていました。かつての「激安のタイ」から変わりつつあります。
物価高に伴い賃金上昇圧力も高まっています。筆者の友人で、タイで会社を経営している方は「通常の昇給率は4.5%ほどだが、物価高に追いついていないため、5.0~7.0%に設定して社員が転職しないようにする施策が必要」と言っていました。
さて、弊社の提携企業の調査によると、シンガポールでの今年の昇給率は平均4.4%となっており、タイと同様の水準です。ただ最高値は業種によって7.0%や16.0%となっており、やはり「できる」人材の引き留めがうかがえます。
弊社顧客の日系企業の多くが、4月に昇給を実施する予定です。昇給率の設定は評価で決定するところが多く、ある企業では最低評価(Eランク)で1.5%、最高評価(Aランク)で7.0%に設定しています。
ただし、どちらにも該当者はありませんでした。平均的な評価(Cランク)では4.0%で、この水準だけ「C+ランク」というものがあり、4.8%の昇給率が設定されていました。これは日系企業特有の「バランス型昇給」を実施していると言えます。
社員を個別に業績で評価していますが、特に秀でた人に高い昇給率を付与するわけではなく、昇給幅のぶれを小さくし、全員が市場平均よりも若干高い昇給率を享受できるようにする意図がうかがえます。
この企業では、これが社員の引き留めにもつながっています。特に重要な営業ポジションには、セールスインセンティブを高めに設定するなど、基本給以外の手当てを設定し、「やる気」を引き出すことにも取り組んでいます。
一方、非日系企業の昇給の在り方をみると、昇給「率」ではなく「額」で決めているところがあります。平均的な「率」の設定ではなく、企業にとって必要な人材に予算に応じた金額を支給する方法です。
ある企業では、給与が月2,500 Sドルの社員が会社にとってプロフィットセンター(利益を上げる人)であることから、1,000 Sドルの昇給を実施し、給与を 3,500 Sドルにしました。率にすれば40%の昇給です。
ただ経費がかさむコストセンターである社員には、一律で100 Sドルの昇給を実施しました。元の給与が高い人ほど昇給率は低くなり、3 %に満たない社員も存在します。その企業としては、当該社員が退職しても構わないという姿勢なのでしょう。
昇給の仕方をどのように決めるかは企業によってさまざまですが、昨今の物価高をカバーできる昇給を考慮に入れないと、人材確保・引き留めにつながりません。
現在はどの業種でも人手不足の傾向が続いており、転職されてしまえば、そこから新たな採用コスト(面接時間、募集媒体や人材紹介会社への支払い)がかかります。理想の人材がすぐに見つかるかどうかも、売り手市場の現状では難しいかもしれません。
昇給を実施するにあたっては、外部要因も鑑み、社員にとって最適な昇給の在り方を考えながら、企業の体力に見合った「率」なり「額」を設定することが肝要です。
弊社斉藤連載中Daily NNA 2023年4月27日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋
コラム執筆者
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1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。
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