第219回:高齢化対策

1年ぶりに出張と休暇を兼ねて日本に行ってきました。やはり気付かされるのは、少子高齢化が急速に進んでいることで、どの交通機関でも高齢者が目立ちました。シンガポールでも2022年の合計特殊出生率が過去最低の1.04となり、少子高齢化が進行しています。

リー・シェンロン首相による8月20日の施政方針演説(ナショナルデー・ラリー)でも、「少子」対策よりも「高齢化」対策に重きを置く政策がいくつか発表されました。特に、政府が予算をかけて、「マジュラ・パッケージ」という計画を推進することが明らかになりました。

1973年以前に生まれた50~60代前半の「ヤングシニアズ」と呼ぶ年齢層を金銭的に支援するため、日本の社会保障制度に相当する中央積立基金(CPF)の積立金を低・中所得層に年間1,000Sドルを上限に支給するなどの施策で70億Sドルの予算を計上しています。

最近の求人状況は、募集広告を出しても「必要な人材」からの応募は少なくなっているのを実感します。全体的な人手不足は特に飲食業界では顕著で、給与を上げても従業員を確保できていないところが目立ちます。

かつては若いシンガポール人の労働力を補う方法として近隣諸国の外国人労働者でカバーするケースもありましたが、現在では就労ビザの規制も厳しくなっているほか、近隣諸国の賃金も上昇してシンガポールに「出稼ぎ」にくる必要も薄れてきているのが現状です。

このような状況下で人手不足を担う人材として、「ヤングシニアズ」「高齢者」の登用が注目されています。筆者がよく家族と利用している飲食店では、白髪の50代後半と見られる方が店内で忙しく動いていました。

観察していると、料理を運ぶのではなく、客が食べ終わった皿などを片付けてテーブルをセットし、店の回転率を上げる担当のように見えました。料理を運ぶのは若い正社員でヤングとシニアの役割分担ができており、効率が良くなっていると感じました。

施政方針演説でも首相は「ヤングシニアズ」について述べましたが、高齢者の雇用を支える施策として月給4,000Sドル以下の60歳以上の労働者を雇用する企業への補助金「高齢者雇用クレジット」の支給期限が2023年から25年まで延長されました。

ただ、さまざまな施策を施しても、労働意欲のない「ヤングシニアズ」もいます。例えば、持ち家率の高いシンガポールでは50代が80代の親と一緒に暮らしているケースも目立ち、親の介護のかたわら親の貯蓄で生活できている場合、仕事をする必要がありません。

筆者の友人は新型コロナウイルスの影響で会社を解雇され、その後、倉庫業の仕事に就きましたが、年下の従業員に命令されるのに嫌気が指し、3日で辞めてしまいました。3日で辞められる理由としては、辞めても「パンを食べるのに困らない」からです。

もちろん仕事を必死に探している人もいますが、「ヤングシニアズ」の再雇用率(失職後180日以内に再就職できる割合)が低いのも、仕事を選び過ぎなのと、飲食のような「サーブする側」の仕事に就きたがらないのが現状です。

65歳以上が人口を占める割合は22年に18.4%となり、30年には約25%(4人に1人)になることが予測されています。「ヤング」と「ヤングシニアズ」「高齢者」が共存し、労働人口をカバーできる仕組みの構築が急がれます。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2023年9月21日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。