第226回:日系と非日系の求人広告の違い

「桜シーズン」に入ると、多くの外国人が日本を訪れて花見を楽しむのが恒例になってきています。訪日外国人の数は円安を背景に増加しており、日本政府観光局(JNTO)の統計では、2023年の総計は2,500万人を突破しました。

かつてのような中国からの「爆買客」は減少しましたが、円安が進む中、タイやインドネシア、シンガポールなどの東南アジア各国の人たちも、欧米諸国より日本を選ぶ傾向が強くなっているようです。

訪日旅行人気とは裏腹に、日本企業では働きたくないと思っている人が東南アジアでは増加しています。前々回でも触れましたが、東南アジアでは新型コロナウイルス禍後の経済回復に伴って、慢性的な人手不足が続いています。売り手市場(求職者が企業を選ぶ労働市場)となっており、求人を出してもなかなか希望通りの人材が集まらない状態が続いている現状があります。

普段からよく利用している日系飲食チェーン店にこのほど行ったところ、求人広告のバナーが貼ってあるのを見かけました。募集内容には、「ホールスタッフとキッチンの正社員募集:未経験者でも可、月給最大3,000Sドル(約34万円)」と記載されていました。

ただ上限が定められているだけで、最初の給与は2,000Sドルかもしれませんし、1年以上継続勤務しないと「上限」の水準にたどり着かないことも考えられます。

非日系レストランの募集広告をいくつか見てみると、給与に関しては「○○ドル以上:経験による」という書き方が多く、条件付きの「採用決定ボーナス」やその店で使えるクーポンを支給するなど、将来ではなく今すぐ保証される条件を提示しており、「即時性」を重要視しています。

どちらが良いかは求職者の判断に委ねられますが、シンガポール人は即時性を求める傾向が強いようです。同じ企業で長期間勤務するよりも、より良い条件のところに転職していく傾向があり、企業としてはいかに引き留めるかが重要になってきます。毎月の販売奨励金のほか、飲食店であれば「まかない食」の提供など基本給以外の福利厚生も必要となってきます。

最近、ある日系飲食店で働いていた現地の方から、入社して間もないころにトイレの掃除を命じられたことが理由で退職を決意したという話を聞きました。シンガポールでは共働きが多く、掃除などの家事を行うメイドが子どものころから家にいることが多いので、トイレ掃除をすることに抵抗を感じたようです。

日本人の店長に「トイレ掃除を店員がやるのですか」と聞いたところ、「日本では店員がやるのが当たり前だ!」と一蹴されてしまったそうです。入社条件に「掃除一般(ハウスキーピング)」の条項はあったものの、トイレ掃除は想定外だったようです。日系の有名チェーン店だったため憧れをもって入社しましたが、最終的に、我慢して勤務し続けるよりも退職することを選びました。

日系飲食業の募集条件を見てみると、「詳細は面接で」など最小限の内容しか記されていないことが多い傾向があります。一方、非日系は求められる採用条件とそれに見合う報酬が明記されており、労働市場の状況に合わせた条件を提示しているという違いがあります。

現地の人にとって日系の飲食店で働くことはかつて、一種の「憧れ」でした。そのような気持ちを持ちながら働き続けてもらうためにも、求人広告の内容と入社してからの働き方をうまく結びつけることが重要になってきます。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2024年4月18日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。