第228回:EP更新厳格化の影響

シンガポールで今年5月、ローレンス・ウォン氏が首相に就任しました。20年ぶりの首相交代です。同氏に関して最も印象に残っているのは、新型コロナウイルス禍でリーダーシップを発揮し、関連省庁をまとめ上げたことです。国民をパンデミック(世界的大流行)から守ったことが高く評価されました。

ただ、リー・シェンロン前首相が敷いた基本路線を引き継ぐものの力量は未知数で、今後どのように国のかじ取りを行っていくのか注目されます。とりわけ日系企業をはじめとする外国企業にとっては、外国人労働者の取り扱いをどのようにしていくのかが注目となるでしょう。

外国人労働者に関しては、まだ新しい方針が出ていない状態です。経済の成長維持と少子高齢化に伴う社会保障の整備などの政策に当面力を入れる姿勢が見られます。

当地では、総雇用者数がコロナ禍後に増加し続けしています。人材開発省の2024 年1~3月期の雇用統計を見ると、国民・永住権(PR)保持者の失業率は3.0%、国民は3.1%で前四半期よりもそれぞれ0.2 ポイント上昇したものの、人員整理対象者数は前四半期比12%減となり、国民・永住権保持者の雇用は着実に変動していることがうかがえます。

前首相の就任時には、外国人が国内で就労するために必要なビザ(査証)に関連したさまざまな施策が行われました。日本人は通常、高技能労働者向けの就労ビザ(EP)の取得が求められます。

昨年、新たに導入されたEP申請時のポイント制度「補完性評価フレームワーク(コンパス=COMPASS)」では、新規申請については23年9月1日以降、更新申請については24年9月1日以降、「給与」「資格」「国籍の多様性」「現地雇用」の4つの「基本基準」(それぞれ20点満点)で審査が行われ、計40点以上を獲得しないとEPの申請を行うことができなくなりました。(「特別評価基準」非適用の場合)

シンガポールに住んでいるある日本人美容師は20年にEPを新規取得し、22年のコロナ禍で更新を申請したところ、前回とほぼ同じ条件で24年10月まで有効なEPを取得できました。

今年更新を迎えますが、補完性評価フレームワークでは専門学校卒(当地では高卒扱い)は学歴評価の「資格」でポイントを得ることができず、日系の美容院なので「国籍の多様性」と「現地雇用」のポイントも得られません。「給与」ではこれまでよりもかなり高い水準が求められることが予測されます。

補完性評価フレームワークには、「技能」と「戦略的な経済優先(M―SEP)」の2項目から成る特別評価基準がありますが、これらはあくまでも付け加えられた項目で、美容師は政府が定める職業リストに合致していません。そのため、基本4項目で計40 点以上を取得することが必要となります。

幸い、EPの更新申請は有効期限が切れる3カ月前(上記のケースでは今年の7月)からできるため、同美容師は補完性評価フレームワークの適用をギリギリ免れることができそうです。

ただ、シンガポール人美容師の間で「外国人美容師がわれわれの職を奪っている」という声が一部から上がっており、前回更新の22年当時とは取得条件が変わっていることが予想されます。24年9月以降にEP更新を迎える人は、早めに労使双方で準備を進めることが重要になります。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2024年6月27日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。