第235回:AWS支給に関する注意点

遅ればせながら、本年も「プログレスアジア」をどうぞよろしくお願いいたします。

年末に従業員に支給されるものとして年間賃金補助(AWS)があります。「13カ月目の給与」という位置付けで、通常諸手当(通勤手当、食事手当、家族手当など)を除く基本給の1カ月分相当が支給される制度です。

なぜ「ボーナス(賞与)」ではないのかとの疑問が生じますが、12カ月の年間所得の個人所得税をこのAWSから払ってくださいという意味も込められています。

ただし、香港のように法令で企業に支払いが義務付けられているわけではなく、慣行で支給されています。雇用契約書や従業員就業規則の中には、「当社にはAWSを支払う法的責務はないが、社員には12月に給与と共にAWSを支払うこととする。途中入社の正社員に対しては按分(あんぶん)で支給する」と表記する例がみられ、あくまでも支払う義務はないが慣行により支給すると一文を添えられています。

支給対象者は通常、(1)試用期間を終え、3カ月以上継続して勤務している正社員(2)12月31日時点で在籍している者――とされています。AWSが支給されない場合については、(3)従業員が12月中に退職を申し出た場合――などと支給条件を明確に示す必要があります。これを決めておかないと「もらった」「もらえない」などとトラブルに発展する場合もあります。

▼トラブル1:支給算出期間の争議
中途採用の従業員に対し、入社時にAWS支給算出起算日について「入社日」からと口頭で伝えていました。ただ実際の起算日は「試用期間終了後」でした。起算日が入社日からでなく試用期間終了後のため従業員本人が当初想定していたよりもAWSの按分の期間が短く、AWSの額が少なくなりました。このケースでは起算日が契約書にも書かれておらず、口頭で伝えられており「証拠」もないため、従業員本人は人材開発省に訴えず、いわ
ば泣き寝入りの状態で翌1月に退社しました。

▼トラブル2:12月に退職した従業員への支給
雇用契約上、1カ月前のノーティス(通告)で12月1日に辞表を提出し、同月31日に退職した従業員にAWSを全額支給したケースになります。上述の(3)のように「12月中に退職を申し出た場合、AWSは支給されない」と規定していなかったため、従業員は12月31日時点で在籍していることをうまく「利用」しており、会社的に「もらい逃げ」された感は否めませんでした。そのため、この会社では新たに(3)の項目を追加しました。

▼トラブル3:過去の事例との相違
過去には12月31日以前に退職した従業員にAWSが支給されていましたが、同様の状況にある別の従業員には支給されなかったケースになります。前任者が就業規則を熟知していなかったため、当該スタッフには支給されることはありませんでした。このケースでは労使紛争に発展しました。そもそも給与やボーナスの金額は「他言無用」ですが、どこの国でも従業員同士で情報が「シェア」されがちです。それを前提にダブルスタンダードにならないよう慎重に進めるべきです。

AWSは通常、1カ月以上支給されることはありません。AWSを0.5カ月としている企業もありますが、あくまでAWSは13カ月目の給与ですので、それ以外は業績連動ボーナスやプロフィットシェア・ボーナスなどの位置付けとなります。

いずれにしても、支給対象者および支給条件を就業規則など文書化し、1年間頑張ってきた従業員への「感謝のしるし」を示して従業員のやる気を引き出すことが重要です。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2025年1月23日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。