第238回:突然の退職届提出への対応
日本では4月1日から新年度が始まり、政府の新年度予算がギリギリで期末内に成立しました。多くの日系企業でも新しい事業年度が開始し、入社式もおおよそ4月第一週に行われ、社会人としての第一歩を踏み出しました。
日本企業の特色の一つとして、4月に「新卒一括採用」を行うという、世界的にも稀有(けう)な採用方法があります。大学生は3年生の頃から就職を意識するようになり、就職説明会に足を運んで希望の企業に入れるよう就職活動を行います。
ただ、日本では社会人になったのにも関わらず、入社1~2日目で退職してしまう事例が発生しているとの報道がありました。その理由としては、「自分が希望した配属先と違っていた」「入社前にイメージしていた人間関係と違っていた」「第1希望の会社に入りたいという想いが強かった」といった話が聞かれます。最近では退職代行会社がはやっており、入社してもすぐ退職できる手段が一般的に知られるようになりました。

シンガポールでは本人が退職の意思を示すことをいとわない人が多いため、「退職代行」のようなビジネスはまず成り立ちません。そもそもシンガポール人のマインドとして、入社日から既に転職機会を探しているともいわれています。
企業としては、経費(募集広告、人材紹介会社へ支払う手数料など)をかけて採用したスタッフからすぐに退職届が提出されれば大きな損失となってしまいます。シンガポールで事業を展開している日系企業の間では、仕事上や待遇面で満足していると思っていた社員から、なんの前触れもなく突然「退職届」が提出されることに驚く事例も多くみられます。そうした場合、経営者は短期間で「二者択一」を迫られます。
(その1)本人が退職しても代替人員がいる・もしくは当該ポジションの重要度が低い場合:
特に入社後間もない社員から退職届が出る場合、企業としてのダメージは比較的軽微なため、最終勤務日や有給休暇日数の消化後の最終所属(給料)日の設定をすれば問題ありません。残有給に関しては退職までに消化していただき、次の方への引き継ぎで会社に残ってもらう場合は、最終勤務日=最終所属日までに消化していただくようにします。
(その2)代替人員の採用が困難なため退職されては困る場合:
まずは退職理由を聞いて退職届を受け取らず(受け取った時点で退職が了承されることになるので要注意です)、じっくり相談することが必要となってきます。もちろんどの国にも「職業選択の自由」があるものの、優秀な社員に関しては、全力で引き留めなければなりません。退職理由が待遇面(給料)であれば、周囲とのバランスなどは、ひとまず一度外視して、唯一無二の存在として処遇を考えます。企業に必要不可欠な存在であることをはっきり伝えて説得することで、翻意を促すことができるかもしれません。
ただ、退職の理由が「人間関係」である場合、大企業であれば配置転換などを通じて職場環境を変えることで、慰留の提案が可能な可能性があります。しかし、中小企業であれば上司を変えることは不可能です。処遇が改善されたとしても、それ以上に「人間関係」に問題があるようであれば、引き留めは難しいでしょう。
いずれにしても、経営者は突然の退職届提出に右往左往しないよう、常に対策を練りながら、定期的に社員とのオフィシャルな面談を行い、これまで気付かなかった諸問題の芽をつぶしていくことが重要になります。
弊社斉藤連載中Daily NNA 2025年4月17日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋
コラム執筆者

- プログレスアジア 代表取締役
-
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。
最新コラム
- 2025年5月16日コラム第239回:シンガポールにおける休暇申請
- 2025年4月19日コラム第238回:突然の退職届提出への対応
- 2025年3月25日コラム第237回:より良い人材確保をするために
- 2025年2月27日コラム第236回:現地採用社員の保険事情