第251回:「新卒採用」と「即戦力採用」の隔たり

日本の特徴的な雇用形態の一つとして、4月の新卒一斉採用があります。大学卒業前から就職活動が始まり、早い学生では大学2年生の夏ごろから企業研究を始めます。3年生になると「インターン」が本格化し、実際の就業がどういうものかを体験するほか、企業側の会社説明会にも参加します。そして企業による実際の採用選考は4年生の6月1日以降になるのが通例です。

一方、シンガポールでは学生の卒業時期が一律というわけではないため、学生は卒業直前あるいは卒業後に企業への就職活動を行うのが一般的です。

中東情勢の緊迫化に伴い、経済状況が不透明感を増していることから、最近は就職までに6カ月以上かかるケースも見られます。また、企業が求める専門スキルを有していないと正社員採用には至らない事例も増えています。

日本の大学を3月に卒業した新卒者の一部が、シンガポールでの就職を目指す動きもあります。日本とシンガポールのルーツを持ち、日本の有名国立大学を卒業した女性や、有名私立大学卒の日本人男性も日本の就職ではなく、シンガポールでのキャリア形成を目指しています。

彼らは10 社以上にアプローチしていますが、残念ながら企業側が「即戦力」を重視する傾向が強くなる中、適職がなかなか見つからない状況が続いています。シンガポールでは「人手不足」が強まっている一方で、企業の間では育てるのに時間がかかる「新卒」よりも、短期間で成果を出せる「プロフィットセンター」を求める傾向が高まっています。

ここでいう即戦力とは、採用した人材が勤務開始日に机に座った瞬間から何をすべきかわかっている状態であることを指します。教育・研修のコストを最小限に抑えつつ、業界知識や企業の社風に合うかどうかといった組織順応性も重要視されます。

シンガポール国立大学(NUS)を卒業したあるシンガポール人の新卒の求職者は、日系企業のポジションに興味があり、約1時間の面接を受けました。企業側の期待値が高く、最初から職域や責任範囲の詳細、求める成果と評価基準まで採用担当者から説明がありました。応募者に就労経験こそないものの、履歴書上では十分にポテンシャルが評価されていました。この採用案件を担当した弊社には、「最高経営責任者(CEO)の最終面接を受けてもらい、採用する方向で調整したい」との連絡がありました。

しかし面接から3日後、応募者から辞退の連絡がメールで届きました。その理由は、(1)責任範囲が広すぎる(専門的なこと以外も担当する必要がある)(2)新卒の最初の仕事としてはハードルが高そう(給与のわりには大変そう)(3)そもそも日系企業は合っていないのではないか(スペシャリストよりジェネラリストを求めているので自分の志向と違うのではないか)の3点が挙げられていました。

当該企業側としては採用に当たり、業務内容や責任の範疇(はんちゅう)を明確化することでミスマッチを防ぎ、「即戦力」の確保を目指していましたが、ただ求職者にかなり具体的に説明した結果、逆に「どん引き」されてしまったケースです。

このように、新卒者が就職で悩むのは「選択肢の少なさ」ではありません。むしろ選択肢が多いため「どの道に進むべきか」「もっといい企業があるのではないか」などと考え、なかなかマッチングが成立しにくくなっていることが課題として浮き彫りになっています。


弊社斉藤連載中Daily NNA 2026年5月21日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。