第229回:3つの「来ない」の苦悩

スイスのビジネススクール国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表している「世界競争力ランキング」で、シンガポールが4年ぶりに1位になりました。「経済状況」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」の4カテゴリーで評価して順位付けしており、経済状況を除く3項目で評価を上げたことが成功しました。

一方、日本は前年から順位を3つ落として38 位となりました。効率性に関する評価が低かったことが要因の一つです。実際に日本に一時帰国して生活してみても、効率性という部分で後れを取っている感は否めません。

シンガポールでビジネスの効率性が高いのは上述のランキングで分かりますが、人材の確保という点では効率的に進んでいない現状があります。とりわけ小売業や飲食業での人手不足は深刻です。

足元では観光客が増えてきたものの、店舗などのスタッフの採用については「募集広告を出しても応募者が来ない」「候補者が面接に来ない」「採用したが入社日に来ない」という3つの「来ない」が続いており、現場での悲鳴は続いています。

こうした状況が続いている要因としては、多くの会社でスタッフを募集しているため人材の獲得競争が激化しており、給料が少しでも高ければ先に採用された企業を断って他社に行ってしまうことが挙げられます。

ある小売業者の最近のケースでは、候補者が面接を通過し、条件交渉も重ねて労使双方で合意して入社しましたが、その従業員は2日目から連絡もせず出社しなくなりました。無断欠勤は即日解雇になります。

既にシフトを組んでおり、一人でも多く人員が必要で困っていたところ、当該スタッフからショートメッセージサービス(SMS)で「この仕事は私には合いません(I am not suitable for this job.)」と謝罪の一言もないメッセージが店長に届きました。本人としてはメッセージを送信すれば「万事解決」だったのでしょう。

どの企業でも同様ですが、従業員1人を採用するだけでも募集広告を出し、複数の応募者から適切な候補者を探します。まずは候補者との面接を設定し、それから給与などの条件交渉を行い、入社日に雇用契約を締結して一連の採用活動が完了します。

これらのコストがどれほど発生しているかは、入社日にドタキャン、あるいは入社数日で辞職してしまう人たちには理解されていないのでしょう。

では現場のマンパワーを維持するためには、どのような方法があるでしょうか。一つのアイデアとして、べテラン社員の「追加勤務」を促すやり方があります。

労働時間が1日8時間の月間固定シフトの場合、会社側の要請で8時間を超えて勤務した場合は、法令に基づき残業手当を支給する必要があります。(残業手当の支給対象は、月給4,500Sドル=約53 万1,000 円=以下の肉体労働者と同2,600Sドル以下の非肉体労働者)

ただ会社からの要請で残業させるのではなく、社員が自発的に追加の収入を得るためにシフト外での追加勤務を希望し、労使双方で事前に合意している場合は、時間外勤務の上乗せは必要ありません。特にマレーシア人やフィリピン人の従業員は自ら追加勤務を希望することが珍しくなく、こうした就労形態を採用することで現場のマンパワーをカバーしています。

採用難が続く以上、従業員が入社してもすぐに辞めてしまうダメージを考慮すると、これは良い政策と言えるでしょう。ただ適切な人員数は必要で、採用条件を見直すなど、人材獲得競争に勝つことも重要になってきます。

__弊社斉藤連載中Daily NNA 2024年7月18日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。