第136回:外国人労働ビザのさらなる規制の背景 その1

華人が多い東南アジアでは、この時期は例年であれば旧正月(春節)を迎え、「新年快楽!恭喜發財産!!」と華やかな旧正月を例年通り迎えるはずでした。

そのムードを一転させてしまったのが中国武漢で発生した新型コロナウィルスによる肺炎の増大です。

人から人への感染が確認されると、致死率は低いものの、世界中に感染者が日増しに増えていき、シンガポールでも1月28日の段階では5名の感染者が報告されています。

経済への影響もじわじわと広がっており、「春節需要」を見込んだ観光業は大打撃で、特に日本の観光業ではこの時期に多くの中国人観光客の訪日を見込んでいましたが、ツアーのキャンセルが続いています。

シンガポールでも2003年のSARSの恐怖心がまだ拭えていない為かマスクをしている人が増えてきており今後も影響は広がりそうです。

さて、春節が始まる前に今月14日、日系企業も含めた企業が震撼するニュースが飛び込んできました。

シンガポール政府によるシンガポール国民の雇用を優先する人材採用制度(FCF:フェア・コンシダレーション・フレームワーク)の改定が急遽行われました。

シンガポールでは、雇用に関して、年齢、民族、宗教、性別、家族(婚姻)状況、身体障害といった6項目での雇用差別を規制しておりましたが、これに国籍が加わり、人材を募集する際に「フィリピンのみ」「できればシンガポール人以外」等を条件にすると重大な違反になります。

もし違反をした場合、従来は外国人の労働ビザを6ヶ月申請停止にすることにしていましたが、これを12ヶ月に改定しました。

「シンガポール人の雇用を優先せよ」という政府の政策はここ近年先鋒的になってきており、今回の発表もこの一環です。背景としては、40代後半から50代前半のいわゆる中高年世代の雇用、特に一度失職した後に再雇用できる再就職率が30%後半で推移しており、「外国人」に職が奪われているとの声が増大してきたことが要因です。

また前述の新型コロナウィルスの肺炎の拡大による、シンガポール経済鈍化の予測が出ており、雇用状況はますます厳しくなってくることが考えられます。

FCFの下では、10名以上の中小企業では新規の外国人を雇用する場合、官営の求人サイトジョブポータル、「ジョブスバンク」(今は名称が変わりMy Career Future Singapore) に 2週間同じ条件を掲載しなければなりません。

そのため、日系企業(外国企業)採用担当者の大半が、日本から出向される駐在員や現地採用日本人の労働ビザを取得するための手続きの一つとしてしか見ていません。

従って、シンガポール人を実際に採用しようとする意向は少なく、応募するシンガポール人はいても実際には採用まで至らないケースが多くみられ、良い条件(給料)で再就職しようとしている層から「なぜ面接にも呼ばれないんだ」等の不満が出ています。

もちろん、出向社員と同等もしくはそれ以上の能力をもつシンガポール人がいれば当然、面接までは進むかもしれません。

しかし、日本でのマネージメント経験があり、日本語ができ、日本の商習慣も熟知している人がジョブスバンクに登録しているはずはなく、そもそもそのような要件を満たしている人は既に日系企業で幹部として働いています。

FCFの今回の改定では、重大な違反が発覚した企業に関しては、労働ビザの発給停止期間を最大24ヶ月(2年間)とするとあります。

つまり改善しなかった企業に対しては断固たる罰則で臨むとのことでしょう。

罰則強化をして、なんとしてでもシンガポール人雇用に結び付けようとする「焦り」のようなものを感じます。

FCFではこれらの他に、外国人への労働ビザの停止期間の延長措置に加え、今までは新規申請のみを対象にしていた罰則措置を拡大。

ビザの更新も対象に加えることになりました。日系企業の駐在員が一番恐れているのがこの改定です。

この改定につきましては次号で解説いたします。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2020年1月30日号「東南アジア人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。