第190回:退職届が出た後で

シンガポールでは、3月末から新型コロナウイルス対策の規制が大幅に緩和され、ショッピングセンターや飲食店ににぎわいが戻ってきました。

飲食店では店内飲食時の人数制限が従来の最大5人から10人に緩和されたことにより、客数の増え、売り上げ予測を上方修正する店舗も増えてきました。

また4月19日からカラオケ店やクラブ(ディスコ)、バーなどナイトライフ事業者の営業が再開されました。ナイトライフ事業者の営業は新型コロナがはやり始めた2020年3月以来、約2年にわたって禁止されていましたが、ようやく解禁となりました。

ディスコなどダンスをする店舗では、利用客は入店前のコロナ検査で陰性である必要がありますが、これで「夜の街」も通常に戻りつつあります。

飲食店や小売店が売り上げ予測を上方修正する中で懸案事項となっているのは、従業員の確保です。

景気が良くなれば、各社とも採用需要が拡大し、これまでコロナ禍で賃金据え置きの状況を我慢していた従業員が、新しい求人情報と現在の待遇を比較して、転職を試みる動きが活発化しています。隣の芝生が青く見える状態なのかもしれません。

弊社の顧客のケースでは、同じ店舗で一度に5人の退職届が提出されました。理由はさまざまですが、「加齢による身体的な理由」が全体の50%、「同じ部署の人のやり方と合わなくなってきた」が25%、「他に良いオファーがあった」が25%となっています。

5人の退職者のうち2人は業務評価が低く、雇用契約書に基づいて退職届が提出された日から1か月後を退職日として設定し、最終的な給与精算を進めています。残りの3人は、「辞めてもらっては困る」社員です。そのうちの1人は、既存の社員と相性が悪いとのことで、他の店舗への異動を促して慰留交渉中です。

ただこの場合は、同じ会社組織に相性の悪い社員が残っているため、経営陣側は、慰留は難しいと判断しています。もう1人は、業務量が増えている人で、責任あるポジションを用意しつつ「昇給」でカウンターオファーをして慰留交渉を行っています。

この方の場合は、業務量が増える中で経営陣にサポートスタッフの採用を訴え続けていましたが、なかなか応えてくれなかったことに不信感を持っていました。サポートスタッフは5月1日から内部登用でこの社員の下につけることを約束しました。

退職届は現在「保留中」にして翻意に期待しつつ、近日中に返事をもらうことになっています。最後の1人は、他社から良い待遇を提示されたため「転職」したいとのことです。他社からオファーがあるのは実力がある証拠で、もともと担当上司の評価も高く、ちょうど「昇格」を検討中でした。

既に他社からのオファーにサインをしていれば慰留は難しいですが、この社員も交渉中です。経営陣は、退職届を提出されることで非常にストレスを感じることがあります。ただ職業選択の自由がある限り、社員は常により良い職場環境、待遇を求めています。

もし退職届が提出された場合は、慰留すべきかどうかの判断をすぐに出す必要があります。「残ってほしい社員」にはその社員の不満点を聞き出し、「金銭面」の部分だけでなく、将来的なキャリアパスも提示し、全力で慰留に努めるべきです。一度失った「経験豊富な人材」を取り戻すことは至難の業です。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2022年4月21日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。