第193回:人材募集広告で応募者がいない

日本政府は先ごろ、6月1日から段階的に新型コロナウイルスの水際対策を緩和する措置を発表しました。そのタイミングに合わせたように世界経済フォーラム(WEF)が発表した旅行・観光競争ランキングでは、日本が初めて1位になりました。

また日本政府は6月10日から、シンガポールや米国、中国などの国々からの観光客を対象に団体旅行に限定して入国を受け入れることも発表しました。観光客受け入れの再開に伴い、感染リスクの高い順に世界各国・地域がまた、「赤」「黄」「青」の3グループに分けられます。

「青」の場合は、入国時の検査や隔離待機が免除となります。シンガポールは「青」に分類されているため、在留邦人も含め6月1日以降に日本に入国する人は入国時のコロナ検査や隔離が免除されます。

その結果、6月から7月にかけて日本に一時帰国する在留邦人が増えています。観光業界や航空業界などに従事していた人は、コロナ禍を受けて会社の整理解雇の影響を受ける状況が約2年間続いていました。

ただ「アフターコロナ」時代に入り、国境間の移動制限が緩和されてきたため、各業界で需要が徐々に戻ってきました。シンガポール航空は今後の航空需要拡大を見越して、約2,000人の客室乗務員を募集しています。

コロナ下では、客室乗務員を高級中華料理店の配膳職などに派遣して雇用(賃金補償)を継続する例も一部ありましたが、途中で退職・転職した人も多かったことから、新規募集を大規模に行っているのでしょう。

観光・航空需要が戻り始める中、業界内で人手不足感が高まりつつあります。自社のホームページや会員制交流サイト(SNS)で人材募集の広告を出しても全く応募者がこないため、最近は直接ポストに求人広告のチラシを投函して応募者を増やそうと努力する会社もあります。

新規採用者が雇用契約にサインした際に、一時金「サイン・オン・ボーナス」を支給するケースも増えています。前号で触れた社員紹介制度を利用する手もあります。

企業が社員に対して、自社への転職を希望する知人などを紹介してほしいと依頼し、新規採用者が入社後一定期間在籍した場合は社員に報酬金を与える制度です。

ただその社員自身が転職を考えているため、社員紹介制度がなかなか活用されていない状況もみられます。人材募集でシンガポール人が集まればよいですが、難しければ外国人雇用も考えなければなりません。

EPの給与要件の最低額は月4,500Sドルとなっています。ただ年齢や学歴によって、この水準通りではビザが下りないため、次善の策として、Sパスの取得を試みます。

現在Sパスの給与要件の最低額は2,500Sドルで、こちらも額面通りの水準では取得が難しい状況が多いです。サービス業ではシンガポール国民あるいはPR(永住権保持者)が計10人いれば、Sパス1人分の枠が取れます。

2022年の9月1日からEPの新規申請で給与要件の最低額が5,000Sドル、Sパスは3000Sドルにそれぞれ引き上げられます。可能であるなら9月までにビザを取得しておいた方がよいでしょう。

また企業はSパス保有者を雇用した場合、外国人労働者税(人頭税)を政府に納める必要があり、最高650Sドルかかります。さらにEPと同様に、外国人を募集する前に官営の求人求職サイト「マイキャリアズフューチャー」で、約1ヶ月間にわたり国民やPR保持者向けに求人広告を出す必要があります。

このようにSパス保有者の雇用を考えている場合は、さまざまなハードルが存在しています。業種や職種によっては求人広告を出してもシンガポール人の応募者が少ないため、外国人雇用を考えざるを得ません。

ただその外国人の雇用も各種ビザ規制などで難しいとなると、人手不足やサービスの劣化が深刻化し、最悪の場合は事業撤退という悪循環に陥る可能性もあります。

政府はシンガポール人の雇用を守る施策を強化するのも大切ですが、人手不足に悩む経営者の声を聞くことにも力を入れてほしいものです。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2022年6月2日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。