第196回:円安による日本人人材の流動性鈍化

米連邦準備制度理事会(FRB)は6月、約27年半ぶりに0.75%の大幅利上げを実施しました。その結果、利上げを行わない日本との間に金利差が発生し、円を売って米ドルを買う動きが加速しました。

シンガポールドルは米ドルとほぼ連動しているため影響が大きく、20日現在の為替レートをみると、1シンガポールドル=99円以上となっておりました。

約10年前に筆者が日本円をシンガポールドルに両替した時は、1シンガポールドル=64円ぐらいの時もありました。そこから50%近くも変動したことになります。

足元での円安の進行を受け、日本からシンガポールに来る方への影響が出ています。円高の時はシンガポールに出資し、進出する企業が多くみられました。今は新型コロナウイルス禍が落ち着き、東南アジアに投資する機運が高まっているものの、円安の影響でブレーキがかっています。

シンガポールへの新規進出に伴い、会社設立支援を弊社に依頼された富山県の某中小企業は、急激な円安を受け、資本金(円からシンガポールに換金)が当初の予定より多くなったため、今のところ進出は様子見となってしまいました。

最近メーカーの研修生として日本からシンガポールに赴任された方は、現地の銀行口座を開設するにあたり、最低1,000Sドルのデポジットを入れるために円貨で約10万円を両替する必要があることに驚愕しておりました。

2カ月前であれば7~8万円程度でしたので、こうした個人の日常生活にも円安の影響が及んでいます。

コロナ禍が落ち着き、旅行代理店も復活ののろしを上げようとしていましたが、急激な円安や、燃油特別付加運賃(燃油サーチャージ)が軒並み上昇していることを受けて業況回復にブレーキがかかっています。

シンガポールに2泊3日滞在するツアー料金で40万円から50万円という価格帯も出てきています。高い旅行料金を支払ってまでシンガポールに出かけるよりも、日本国内での旅行を選択する人が多いと、知り合いの旅行代理店の社員が嘆いておりました。

今はシンガポールの旅行代理店の業績も復調の気配がみられず、会社に所属しながら副業を行っている社員もみられます。

シンガポールで現地採用として就職を試みる傾向も鈍化しつつあります。労働許可証がなかなか下りないことに加えて、住宅賃料がコロナ禍前と比べて20~30%上昇していることが逆風となっています。

日系企業で日本人の採用を必要としているところは多くあります。ただ若いスタッフを現地採用するにあたり、日本本社への給与支払い報告を円建てで計算すると、30代でも月収50万円以上となり、本社の人事部から採用ストップの声がかかることもあります。

現地採用社員も家探しが大変です。円安の影響で、当地ではコモンルーム(トイレやシャワーを他社と共有する部屋)を借りるだけで月10万円近くかかります。

こうした急激な円安に伴い、新規進出企業も含めて日本からシンガポールへ投資する動きや、仕事のためシンガポールに来る人材の流動性が鈍化する傾向があります。

為替変動に対応しながら、コロナ禍後にシンガポールの発展に寄与する人材が増えることを期待します。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2022年7月21日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。