第23回 ASEAN進出企業のジレンマ:その10 ひいきの昇進

またまたサッカーのネタで恐縮ですが、サッカーワールドカップ2018年ロシア大会のアジア2次予選の組み合わせ抽選が行われ、日本はシンガポールと同組に入りました。

八分の一の確率でしたが、これでまた日本代表の試合、しかも今度は親善試合でなく、アジア代表を勝ち抜く為の真剣勝負が見られるとあってシンガポール在住のサッカーファンは喜びました。

シンガポールでの対戦は当初は6月16日でしたが、シンガポールはSEAゲーム(東南アジアのオリンピックゲーム)の閉会式を同日、ナショナルスタジアムで行われることが既に決定されており、このままだと収容人数の少ないジャラン・ブサールになってしまうということでホームとアウェイを変更する提案がシンガポールサッカー協会から出されました。

その結果、シンガポールとの初戦は日本のホームとなり、11月12日に変更になってしまいました。シンガポールとしてもドル箱である日本代表戦を収容人数6万人のナショナルスタジアムで行いたい経済的皮算用もあるのでしょう。

さて、今回のお悩みは、日系の広告系企業からで、4月1日の給与改定をする際に昨年売上成績が良かった社員に昇格を伴う昇給昇進を行った所、4月の中旬に本人から辞表が提出されて4月30日付で退社になるとのことで、「なんで?」「理由がわからない」とのご相談を受けました。

聞くところによりますと、28歳の営業職A君は入社2年目で入社初日からバリバリ働き、日本語もある程度覚え、「期待のホープ」と言われていました。肝心の昇給も「他の社員より高く設定」し、昇格も「一段階上げた」とのこと。

日系企業の傾向としては、社内組織のバランス重視(給与テーブルに縛られる)傾向が強く、「他の社員より高く」と言ってもあまり極端の差を付けません。またじっくり育てるということで専門性より組織順応性を評価基準にしていたりします。

これは江戸時代から続く「御恩」と「奉公」の関係に似ているとも言えます。先ずは家臣に仕えよ。ということでしょうか?

日本の採用形態としては世界にも類のない4月1日一斉採用を行っています。入社当時は横並びで差はほとんど無く、3年~5年経つと昇進するものが出てきますが、基本的にはまずはジェネラリストを育てその中からできそうな社員を昇進させていくという長期にわたる人事政策を取る傾向があります。

一方、ASEANで働く現地スタッフは、自分の能力(インプット)とポジションに見合った企業からの待遇(アウトプット)が吊り合わないと、モチベーションは下がり、やる気が無くなり、シンガポールのような「売手市場」の労働環境ではスタッフとしては「退職」となってしまいます。

現地スタッフは出来る人が高い給料と職位をもらうのは当たり前と思っており、また「差がないこと」が不公平と感じます。

当該日系企業としては精一杯の昇格・昇給を実施しましたが、スタッフ本人からは「大失望」だったようで、労使の間に大きなギャップが生じていました。

「石の上にも3年」的に長期で育てることもいいことですが、長期視点より短期視点で向上心の高い実力のあるスタッフには「ひいきの昇進・昇給」を実施することがスピード経営には不可欠です。それが彼らにとって成長機会を獲得する為の「フェア」なのですから。

Daily NNA 2015年4月30日号より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。