第35回 インドネシア高速鉄道日本受注失敗から見えること。

つい先般、インドネシア政府がジャワ島の高速鉄道建設計画を急遽「中国案」にすることにし、中国と競合していた日本案の新幹線方式は肝心の融資条件で折り合いがつかず受注を逃したニュースがありました。

誰もが「日本案」を受け入れる「だろう」的な楽観的な立場から一転「えっ」となってしまいました。

つい最近までは、インドネシア国内の中華系は漢字すら使う事ができませんでした。

筆者の妻は中華系インドネシア人ですが、幼少期中国語を使ったのが見つかっただけで「共産主義者」「大陸へ帰れ」といじめられたほどでした。それほどインドネシアは共産党の中国とは距離を置いていました。

新しいジョコ大統領になり財政の立て直しを公約にあげている以上、インフラにはそれほどお金を回せない事情があり、一旦は計画を白紙に戻したにも関わらず、中国側からインドネシア政府の意向に沿って財政負担や債務保証を伴わずに事業を実施できるという新提案があった為、実際に建設ができるかは日本的には疑問視していますが、とにかく中国案を採用することになったのは事実です。

日本政府は「極めて遺憾」と唇を噛みましたが、ここも筆者が今コラムで述べている「現地に合わないモノ」を押し付けているイメージがあります。

台湾で日本の新幹線技術が導入され安全面運行面では成功していますが採算面ではまだまだカバーできていません。

先月休暇で北陸地方に行き帰りは北陸新幹線を使いましたが、乗客は満員でまた金沢~東京間も2時間程度でしかもトンネルが多いにも関わらず防音と気圧のコントロールで耳が痛くなることは全く無く、また高速で運行している最中も、全く揺れない素晴らしい乗り物でした。

欧州にも高速鉄道はありますが、日本の新幹線技術は「世界一」と言っても過言ではないでしょう。

では、なぜインドネシアでは受注できなかったのでしょうか?繰り返しになりますが、インドネシアは東南アジアで最大の親日国であり、日本もインドネシアへ多額の援助をしており累計では300億米ドル以上の開発支援を行っています。

また日本にとってもインドネシアは液化天然ガスの供給国であり日本のエネルギー政策にとっても重要国です。

最近では相互の短期(観光)ビザが免除となり益々日本とインドネシアの人の交流は今後ますます増えていく事が予想されています。東京ディズニーランドも今やビザが免除になったタイ人とインドネシア人の人気の観光スポットです。

このように明らかに中国よりは2歩も3歩も進んでいたはずでしたが、結局は「最高級なモノはまだいらない」ということではないでしょうか?

経済成長は著しいインドネシアですがまだまだ高速鉄道にお金を払える人は少なくなく、「ある程度高速(中速)」くらいでそれほどインフラ整備にお金がかからないもので良いと判断したのではないでしょうか?

北陸新幹線のような最高の技術品はまだまだ新興東南アジア諸国では次期尚早で、素晴らしい技術の粋が入った日本製電化製品のシェアがどんどん落ちていくのと同様に「現地に合わないモノの押し付け」だったのではないでしょうか?

次の東南アジアの大型新幹線プロジェクトはシンガポールとマレーシアのクアラルンプール間がありますが、果たして日本の新幹線技術が採用されるかどうかは、このインドネシアでの受注失敗を踏まえて、慎重かつ各国のニーズにあった提案をする必要があると思います。

シンガポール人の友人達は「中国の新幹線だったら乗らない」と断言していますが、その声が両国政府に届いているかどうか・・・

Daily NNA 2015年10月22日号「東南アジア人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。