第242回:新たな賃金改善モデルの導入

最近の日本の報道によれば、2025年10月より最低賃金が引き上げられ、すべての都道府県で900円を超えるとのことです。最も低いのは秋田県で、897円から54円引き上げられ951円となります。東京都は1,163円から63円引き上げられ1,226円に改正されます。時給引き上げ合戦による人材獲得競争の過熱が懸念される一方で、企業同士が競争することで賃上げも加速する可能性もあります。

一方、シンガポールでは基本的に法律で定められた「最低賃金」は制度化されていません。その理由として、被雇用者の賃金は原則として雇用主と被雇用者の合意に基づき、自由に設定されるためです。極端な話、時給が5S(シンガポール)ドル(約575円)でも50Sドルでも双方が合意をしていれば、契約上問題はありません。

ただし、労働ビザを必要とする外国人労働者の場合、高技能労働者向け就労ビザ(EP)や中技能熟練労働者向けの就労ビザ(Sパス)を取得するための最低賃金が規定されており、その金額をクリアしなければそもそも就労できません。

また、海外の大学生やシンガポールのワーク・ホリデー・パス(査証)を取得者がアルバイトをする場合は、上述のように最低賃金の縛りがないため、自由に決められます。ただし、競争力がない低すぎる時給を提示しても人が集まらないため、特に飲食店では市場水準より高めの時給を提示する必要があります。

シンガポール政府は2025年8月11日、小売業向けの新たな賃金改善モデル(PWM)を発表しました。PWMは低所得者層の給与を段階的に引き上げる政策の一環として導入され、業界・業種ごとに基準賃金が設定されます。

今回も公表から施行までの期間が短いことに驚かされますが、今回も発表からわずか20日後の9月1日から適用されることになり、人件費を抑制しながら売り上げを確保している小売業者にとってはまさに「寝耳に水」の発表となりました。

例えば販売員やレジ係の場合、現行のPWMでは入社直後の月収が2,175Sドル、試用期間を超えた場合は2,200Sドルとしているとケースが多く見られます。しかし9月1日からは入社直後が2,305Sドルと6%もアップされ、26年9月からは2,435Sドル、27年9月からは2,565Sドルと毎年130Sドルずつ上昇していきます。

小売業の経営者の立場から見ると、賃金引上げによって「人手不足」である業界で働きたい人が増えるということは、いいことかもしれません。しかし、PWMの通りに賃金を上げた小売業とそうでない企業の間に「格差」が生じ、賃上げした「勝ち組」の企業に人が流れることも予測されます。その結果、賃金上昇圧力によって「人材争奪戦」が起こり、シンガポールからの撤退を余儀なくされる企業が出てくるかもしれません。

今後、小売業者はセルフレジの導入や人工知能(AI)を活用した発注システムなどを駆使し、「人」に頼らないように生産性を上げていくことが必要となってきます。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2025年8月21日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。