第227回:日本人採用の現状と厳しさ
シンガポールでは住宅賃料が高水準で変動しており、現地採用の日本人でも賃料が高いため当地を離れるケースを見かけます。ある日本人女性に取材をしたところ、「シンガポールでは家賃を払うために働いているみたいです」と話されていました。
最近は少し緩和されましたが、少し前には賃貸更新時に家賃6割アップを提示されたというような話をよく耳にしました。部屋貸しでも1,000Sドル(約11万5,000円)を超える物件は少なくなく、給与レベルがある程度高くないと手取り所得が減り、当地で働く意味がなくなってしまう現状があります。
筆者の顧客の日系企業からは、日本人を採用したいという要望が多く寄せられます。理由としては「言語」が最も大きく、日本の本社との企画書、稟議(りんぎ)書などの文書のやりとりを日本語で行うことが要求されます。
さらに英語ができる日本人を求めるのも一般的です。日本人駐在員の通訳や政府機関、現地取引銀行などから送られてくる文書の翻訳を、職務分掌の中に入れる場合が多く見受けられています。
日本語のできるシンガポール人でも大丈夫な気もしますが、微妙な言葉のニュアンスのくみ取りに加えて、商習慣、日系企業の会社風土を理解していること、「あうんの呼吸」で仕事ができるかといった点が重視されることもあります。
日系の医療機関やクリニックの受付係も日本人が求められています。あるウェブサイトには、「日系クリニックに電話をしたら聞き取りづらい英語で対応され、しまいには電話をたらい回しにされた。もう二度とこのクリニックは使わない」といった書き込みがありました。
日系クリニックでは、受け付けに日本人を少なくとも1人配置することが、サービスの一環にもつながります。日系高級レストランでも日本人店員が求められています。在住日本人へのサービス向上といった理由の他に、シンガポール人顧客向けに日本的な雰囲気を出すことでイメージの向上を図ることができるからです。
また、日系小売業のイベントの人員採用でも同様の理由で、「日本人を必ず1人配置するように」という条件がある場合があります。ただ冒頭でも触れたように住宅賃料の値上がりや、高技能労働者向けの就労ビザ(EP)取得の要件が厳しくなっていることにより、日本人の現地労働者の数は減少傾向にあります。
新卒レベルでもEPを取得するには5,500Sドル以上が必要で、10年前の約2倍の水準になっています。EP取得者の代わりに永住権(PR)保持者を採用することもできますが、在住期間の長さに伴い年齢も高齢化しており、多くの日系企業が求める「35歳以下」という要件を満たすことが難しくなっています。
先般、職歴も語学能力も高い60歳超の永住権保持者を紹介したところ、年齢が高いとのことで面接も受けることができませんでした。若年層の永住権保持者は、筆者のような第1世代の次世代がまだ学生だったり、社会人経験が少なかったりする場合が多く、30代から40代の永住権保持者は労働市場にはほとんどいないのが現状です。
どうしても日本人が必要な場合は、自社の若手に国際経験を積ませることを視野に、日本から若手駐在員を送る風潮も強くなっています。
__弊社斉藤連載中Daily NNA 2024年5月16日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋
コラム執筆者
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1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。
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