第234回:柔軟な勤務形態の導入について

シンガポールの2024年9月末時点の失業率(外国人を含む全体)は1.8%となっており、8年ぶりの低水準を記録した23年3月末時点と同水準まで低下しました。雇用状況は数字の上では良いと言えます。また離職率も10%台前半で、「辞めない」状況が続いており、20%台以前の状況から改善されています。

「辞めない」状況が続くということは他に行く必要がない、つまり労働環境や待遇面で充足しているからであり、あえて転職する理由がないということが主な要因となります。

ただ、転職を希望する人も常に一定数存在し、弊社では転職先探しの問い合わせを受ける事例が増えています。有期雇用の契約が切れた人もいれば、事業の海外移転により、予期せず失職された人もいます。また、新しい仕事を探す上で、自分の経験軸に基づいて「職種」「業種」を選定し、希望待遇やその他条件を提示してきます。今までの経験と実績を踏まえた自信から、希望給与で前職と同等かそれ以上の水準を提示するケースも多くあります。

人事担当者や経営者の視点では、ある人を雇用する場合、自社事業が、コストはかかるが利益を生まない「コストセンター」から利益を生み出す「プロフィットセンター」になり得るかどうかを考えます。厳密に計算する場合、採用から何カ月か後に支払う給与額の3~5倍の利益貢献に、将来なり得るかを判断する必要があります。

給与面以外の待遇面の希望で最近増えているのが「在宅勤務」です。新型コロナウイルス禍で在宅勤務が定着した結果、コロナ禍が収束して出社制限がなくなった今でも在宅勤務を引き続き就職先の条件にしている人が少なくありません。

Back view of Asian business woman talking to her colleagues about plan in video conference. Multiethnic business team using computer for a online meeting in video call. Group of people smart working from home.

このように働き方が多様化しているのを受け、人材開発省は12月1日から在宅勤務など柔軟な勤務形態(FWA)に関するガイドラインの適用を開始しました。柔軟な勤務形態は3つに分類されています。

(1) フレックス・プレース(勤務場所を問わずに仕事をすること:在宅勤務やノマド=遊牧民=ワーキングなど)弊社が扱ったケースでは、渉外担当者でノマド・ワーキングを許可していました。会社に戻らなくても出先のカフェで仕事をした方が、効率が良いと判断したためです。

(2) フレックス・タイム(仕事量や総労働時間は変えずに働く時間帯を柔軟に変える働き方:時差出勤やコアタイム出勤など)弊社が扱ったケースでは、従業員1人を通常より30分~1時間ずらして時差出勤させなが
ら、コアタイムの午前10時から午後5時の間に重要庶務をチームで遂行できています。コアタイム以外は自由に出勤させて集中力を高めるというねらいがあります。

(3)フレックス・ロード(仕事の内容・量を柔軟に変えたり分散させたりする働き方:ワークシェアやパートタイム労働など)弊社のようなサービス関連企業では、パートタイム職を雇って1人の従業員に集中してい
る業務を分散させることを指しますが、分散できる仕事とそうでない仕事のすみわけが難しく調整が必要になってきます。

今回のガイドライン適用により、雇用主は従業員から柔軟な勤務形態の申請を受理した場合、職務上問題がないかどうかなどを検討した上で、受理後2カ月以内に書面で検討結果の可否を伝える必要があります。却下する場合はその理由を明記し代替案を示すことが奨励されます。

経営の観点では、3つのフレックスを考慮した上で従業員のワークライフバランスの向上を保ちつつ、業績が上がるかどうかがポイントになります。柔軟な勤務形態が申請された際、どう対処するかシミュレーションをして対応策をあらかじめ決めておくことが来年の人事政策の課題の一つでもあります。

24年も人事に関する施策が数多くありました。25年も現地の人事に関わる事項に触れていきたいと思います。引き続き人「財」羅針盤をどうぞよろしくお願いいたします。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2024年12月19日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。