タイのプミポン国王が2016年10月13日崩御されました。誕生日は1927年12月5日で88歳の生涯を終わられました。

世界的には12月はクリスマスで盛り上がりますが、タイでは12月5日を「父の日」としてタイ国民は国王の誕生日を盛大に祝います。

筆者がタイに2001年から2007年まで滞在していた時には即位60周年が2005年から2006年まで続き、その時に発行された60バーツの記念紙幣を今でも大切に保管しています。

即位から崩御まで70年の王位を保ちこの「長さ」は王位最長期間としてギネスブックに載っています。

最近、日本でも天皇皇后両陛下の「生前退位」が大きなニュースになっていますが、世界の王族にとっても次への承継は、「国体」に関わる問題ですので重要な問題となってきます。

筆者が初めてタイを訪れたのは1987年2月で、大学の仲間達と東南アジアをシンガポールからバンコクまで列車で行くバックパッカーの旅を敢行した時でした。

スラタニーからバンコクまで椅子が木でできている三等列車に乗って12時間掛けてバンコクのフォラポーン駅に着きました。

一人の仲間がグロッキー状態になりベンチで寝ていた所、朝の8時に国歌が流れる5分前に警察が笛を吹きながらその友人に向かって「立て」とものすごい剣幕でやってきました。

今ではそれほど厳格ではないものの、当時は走っている車も止まるほど国歌が流れている間は王に敬意を払う必要がありました。また今でもそうですが、映画館では映画が始まる前に王様賛歌を起立して聞かなければなりません。

会社でも各会社の受付スペースもしくは応接室には王様と王女の肖像画や写真を頭より高い位置に掲げるのが「当たり前」になっていました。また日本の自動車メーカーも王様の誕生日に車を「奉納」することが慣習となっていたりして、経済活動でも国王の存在は大変大きなものでした。

その王様の尊敬の念があるからこそ、国が安定し経済活動も自由にできました。

またその影響があるのか年上や目上を敬うシニアリティーはかつての日本以上に高く、日本で早期退職をされた60歳近くの方が、工場長としてタイの工業団地内の工場に赴任された際は全員から尊敬の眼差しで迎えられ「殿様のような気分になった」と仰ってました。

一年間は喪に服すとの政府の発表で、強制ではないものの、黒い服を着るようにということで黒いシャツが急に売れ出したとか白いシャツを黒に染めるサービスが出てきたりしていて、また、観光地でのバーやショーなどのエンターテインメントも自粛ムードの中でも徐々に再開されており、少しずつ通常の経済活動に戻ってきています。

現在は最近のタクシン派と反タクシン派の長期に渡る対立、道路封鎖により被った経済損失を解決するために軍部が無血クーデターを起こし軍事政権を作り、混乱を収拾させました。

欧米諸国は民主主義に反すると反対しましたが、国が安定する上での最適な政権はその国の文化や国民性に合ったもので、偶然なのかはわかりませんが、国王の崩御から次の王位を無事に継承するまでの政権の「つなぎ役」を担っているのかもしれません。

筆者は2008年にタイの大学院の卒業式に出席しました。その際は国王でなく次女のシリントーン王女から卒業証明書をもらいました。

外国人生徒にとっては「いい記念」的な感覚ですが、タイ人にとっては王室から何か授かるということは「一生もの」的な絶対的に価値観があり家宝になります。つまりそれくらい王様や王室に対する敬意があり、ある種のタイ国民が生きる上での支柱であることは間違いありません。タイ王国が将来に渡り安定することを切に願います。

在シンガポール タイ王国大使館にてプミポン国王の弔問。写真は筆者。

プミポン国王弔問

Daily NNA 2016年10月27日号「東南アジア人「財」羅針盤」より抜粋


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