第165回:LOC(家族ビザ保持者)の雇用規制開始について(その2)

シンガポール保健省は先ごろ、4月5日以降、オフィスに出勤できる人数の上限を現状の50%から75%に引き上げると発表しました。
従業員を複数のグループに分ける措置についても当初は、今回の発表で義務化を撤廃しました。

弊社のオフィスがある金融街ラッフルズプレイス周辺では、実際に人出が戻ってきており、人の数はピーク時の75%は超えていると感じます。

オフィス街で飲食業を営んでいる友人の話では、日によっては夜だけでなく、昼も満席に近くなることもあるそうです。

ただ、政府は会議など人が集まる場合の人数上限は8人としているほか、時差出勤を推奨しており、感染対策規定を完全には緩めていません。

弊社のマレーシア人スタッフは、自宅としてコモンルームを借りていますが、大家から「家にいると電気代がかかるから、日中は会社に出勤してほしい」との要望を受けているそうです。

以前は週1~2回の在宅勤務でしたが、今後は大家に、「規制が緩和されたのだから、もっと出勤してくれ」と言われてしまうでしょう。

一方弊社のシンガポール人スタッフは、今回の発表をあまり喜んでいません。
以前もこのコラムで書きましたが、シンガポール人は在宅勤務を好む傾向があります。

その理由としては、ビデオ会議の時間以外は、スマホゲームをしたりお菓子を食べながらマイペースに仕事ができる「自由度」があるからです。

これはシンガポール人に限った話ではないと思います。

さて、今回は前号に続き、家族ビザ保有者の雇用規制について述べていきます。

人材開発省は3月、家族ビザ保有者がシンガポールで働く際に、5月1日から就労ビザの取得を義務付けると発表しました。

家族ビザ保有者は現在、就労承諾書(LOC)を取得すれば就労できますが、この制度が事実上廃止されます。

その影響はじわじわと広がっています。
筆者の友人が経営する日系美容院では、承諾証を取得し、受付や総務の担当者としてパート勤務している日本人の家族ビザ保有者が数人います。

職務的には週2~3日実働6時間の勤務体系で、働く側としては、子供が学校から帰るまでの間に働けるちょうどいい勤務体系です。

雇用する側も、就労承諾書は月給要件などがないため採用しやすく、労使双方が満足できる雇用関係でした。

しかし5月1日以降、こうした方を月給5,000 Sドル近くで、フルタイム勤務者として雇えるかというと難しいでしょう。

日本語のできるシンガポール人のパートタイム労働者が、労働市場に潤沢にいるかどうかも疑問です。

日系美容院に通う顧客は、少し高い対価を支払ってもいいから「日本(語)のサービス」を受けたいと思っていることでしょう。

人材をローカル化すれば顧客を失ってしまうかもしれません。
実際弊社で長年パートとして勤務していた方も、ちょうど就労承諾書の更新時期を迎えるため、弊社での更新を勧めました。

ただ彼女の夫が経営する会社の日本人の家族ビザ保有者2人の就労承諾書が期限切れになってしまうことが分かりました。

こうした状況を受け、彼女は弊社を退職して、夫の会社に転職することにしました。
4月中に、夫の会社で家族ビザ保有者として就労承諾書を新規申請してもらうそうです。

弊社としては、今回の規制強化がきっかけで1人戦力を失うことになります。
こうした例を上げれば切りがありません。

シンガポール政府が一度決めたことは覆ることは考えられないため、就労承諾書の取得を通じた家族ビザ保有者の雇用に甘んじてきた弊社を含む日系企業は、新しいビジネスモデルを模索していく必要があります。

日系美容院であれば、日本人の顧客向けから現地の顧客向けのサービスに転換するなど、発想の転換が必要な時期に来ているのかもしれません。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2021年4月1日号「東南アジア人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。