第211回:在宅勤務を巡る不公平感

シンガポールの国会で先月、2022年の合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子供の平均数)が発表されました。

日本も現在国会で少子化対策について審議が行われています。日本の21年時点の出生率は1.30で、社会全体が「このままではまずい」と感じ始めていますが、シンガポールの22年の出生率はこれをさらに下回り、過去最低の1.05となりました。

出生率が低下傾向にある理由としては、晩婚化が進んでいることに加え、最近の物価高、公共住宅(HDBフラット)の中古価格や賃料の高騰により、若い世代が将来に不安を抱えていることが挙げられます。

また、新型コロナウイルス禍の3年間で在宅勤務が主流となり、男女の出会いの機会が少なくなったことも原因の一つと言われています。

さて、弊社のリサーチでは、シンガポール人が仕事を選ぶ上で最も重視している条件が、「給与」や「福利厚生」よりも職場の「場所」であることが明らかになりました。

中心部に住んでいる駐在員はもちろんですが、国土の狭いシンガポールでは、郊外から中心部への通勤にそれほど時間はかかりません。しかしそのような状況下でも、自宅からなるべく近い職場を第一条件にするシンガポール人が多いことには、筆者も少々驚きました。

最近、北部に位置する企業の採用に関わりました。待遇面は悪くないものの、オフィスがMRT(都市高速鉄道)の最寄り駅からバスで20分ほどの立地にあります。倉庫と併用しているオフィスのため、郊外にあるのは仕方がありませんが、「場所」がデメリットとなり、なかなか応募者が集まりません。

逆にとあるへき地の工業団地に入居する企業では、通勤用の社用車を運用して、社員を利便性の高いMRTの駅まで送迎しています。「場所」のデメリットをカバーするその企業では、社員の定着率が高いという事実があります。

20年初頭から、新型コロナの感染拡大により、在宅勤務を含むテレワークが一般的になりました。シンガポールでは出社が原則「禁止」され、在宅勤務がメインになった時期もありました。しばらくしてから全社員の25%~50%の出社が可能になるなど規制は少しずつ緩和され、今や出社制限はなくなりました。

弊社と取引のある日系企業では、新任の担当者が営業職の在宅勤務や、特例として経理職の2~3日の在宅勤務を認めてしまったところ、他の社員から「不公平だ」というクレームが総務部長の対してありました。

要するに、在宅勤務を「ベネフィット」だと感じる社員から「なぜ私には同じベネフィットを与えないのか」という不満が出たのです。前述の通り、シンガポール人が職場を選ぶ上で重視するのは「場所」。つまり家から職場の距離や通勤時間、交通費です。

非日系企業では、電気代、通信費などを考慮して「在宅勤務手当」を支給するところもあります。在宅勤務をベネフィットだと感じてしまう理由としては、通勤がないことが一番の理由であることは間違いないのですが、上司の監視下でない自宅で自由に仕事ができることや、音楽を聴くなど「他のこと」をしつつ仕事ができたことも大きいかもしれません。

当該日系企業の場合は、小さい子どもを育てている社員が数多く在籍しており、「より良い働き方」を社員に提供する一環として在宅勤務を残したいとの意向でした。

アドバイスとして、「人」ありきではなく「制度」の構築を勧めたところ、「持ち越し不可の週1回の在宅勤務」制度を導入することにしました。結果として、社内の不公平感は解消されました。

経営者にとっては小さな点かもしれませんが、社内で不公平感を訴える声が出た場合は、放置せず早急に対応することが肝要です。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2023年3月9日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。