第212回:資格証明の厳格化

シンガポールでは3月に入ると新型コロナウイルスのニュースはほとんど聞かなくなりました。公共交通機関ではまだマスクをしている人は見かけますが、徐々にその数も減っていくかと思います。このまま新規感染者も減り、正常な社会・経済活動に推移していくことが持続的な発展につながっていくと信じます。

経済活動の活性化により、海外企業による投資案件も今後増えることが予測されており、外国人労働者の流入も連動して増えていきます。外国人がシンガポールで労働する上で最も重要なのは就労ビザ(査証)の取得です。

EPを巡っては、今年9月から申請時にポイント制度「補完性評価フレームワーク(コンパス)」の導入が決定しています。「給与」「資格」「多様性」「現地雇用」という4つの基本評価基準が設定されており、各項目で最大20ポイントが付与されます。申請の要件として合計40ポイント以上の獲得が求められます。

このコンパスの「資格」は、EP申請者の学歴に相当するものです。現行の制度においても、オンラインで申請する際には大卒者の場合、大学名をプルダウンメニューから選びます。

昨年、弊社の顧客向けにEPを新規申請した際に、申請者の卒業大学をプルダウンメニューから選ぼうとしたところ、都内の小規模な大学で日本国内では知名度が高いですが、その名前が選択肢の中にありませんでした。

こうした場合、MOMが承認したRMI(リスク・マネジメント・インテリジェンス)という外部機関に依頼し、申請者の学齢を審査してもらう必要があります。昨年依頼した時の審査期間は3週間ほどで、そのためにEP取得が遅れてしまいました。

政府は今月初めに、9月からコンパスを導入するに当たり、この「資格」証明も厳格化すると発表しました。コンパスの「資格」の項目でポイントを獲得したい場合は、申請者の「資格」について第三者機関による検証証明の提出を雇用者に求めるのです。大学や高等教育機関の卒業証明書やディプロマの修了証などを審査してもらうことになります。

この第三者機関が前述のRMIになるのか分かりませんが、このステップを踏む場合、EPの取得にさらに時間を要することが予測できます。厳格化することで、偽の資格証明書が使われるのを防げるほか、申請の透明性が高まるのは良いことかもしれません。

ただあまりにもEP取得へのハードルが高くなると、逆に申請自体を諦めて、他国で業務を展開する企業が出てきてしまうことも考えられます。偽の資格証明書については、日系企業で勤務する日本人が「学歴詐称」をしていることはまずないため、あまりなじみがないかもしれません。

しかし海外では「Diploma Maker」といった偽造証明書を作成する裏稼業も存在していることから、海外で人を雇用する際は念のため注意する必要があります。実際にシンガポールで証明書詐称が発覚したケースでは、オーストラリアのRMIT (ロイヤルメルボルン工科大学)の偽証明書が使われました。

中国の大学や高等教育機関の証明書は、CSSD(同国教育省傘下の学生サービス開発センター)で認証を得る必要があります。裏を返せば、それだけ中国で発行された証明書は信用されていないということでしょう。

さて、コンパスの導入でEP申請はポイント制になりますが、「資格」のポイントを必要としない場合は、資格の検証を行う必要はありません。その場合、「給与」のほか「多様性」「現地雇用」でポイントを獲得する必要があります。従業員の国籍比率や、シンガポール人の雇用の多さが鍵となるこれらの項目を強化するように誘導しているようにも見えます。

9月1日の新制度開始に向けて、さらに新たな施策が出てくることが予測できます。EP申請を予定している雇用主は、引き続き注視していく必要があります。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2023年3月23日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。