第151回:コロナ禍における雇用情勢と外国人規制(その2)

2020年8月27日の夕刻に衝撃的なニュースが流れてきました。

9月1日から専門職向けの就労ビザ(EP)の最低給与の要件がはじめて600ドルもアップし、4,500ドルになるとのMOMが発表しました。

2020年は既に昨年より5月1日より以前の3600ドルから3900ドルにアップすることが決まっていました。
しかも検証期間を待たず、その5月からわずか4ヶ月後に再度引き上げるという、まさに朝令暮改的な電撃的発表でした。

2020年に短期間の間に25%もアップしました。
2008年は2500ドルでしたので、そこから当時と比べると2000ドルも上昇しました。

その背景としては、新型コロナの影響でシンガポール人の雇用がさらに急激に悪化していることが一番ですが、前回も述べましたが、いつもはあまり雇用に関して口を挟まない、ハリマー・ヤコブ大統領が8月24日、「外国人労働者との間の競争原理にさらされているシンガポール人が不安になっていることは理解できる」「シンガポール人の雇用は常に優先される」等の発言をしました。

その数日後、これは何かしないとまずいとMOMの担当官は思ったかどうかはわかりませんが、その3日間後に改定の発表がありました。
政策決定にスピード感があるのは良いことかもしれませんが、あまりも唐突すぎて外資系企業だけでなく、外国人雇用を行っているシンガポール地場企業からも疑問の声が上がっています。

また、一番雇用(再雇用)で深刻な世代が40代から50代ということもあり、40代の外国人がEPを申請する際の月額最低給与については、最も若いEP申請者、すなわち4500ドルの2倍=9000ドルになることが明言されました。
金融系については12月1日から5000ドルのダブル=10,000ドルに跳ね上がります。

某ドラマで「倍返し」と言うセリフが流行っていますが、まさに何も外国人労働者が悪いわけではないのに突然の「しっぺ返し」を食らった感があります。

早速、ある日系企業から問い合わせを受けました。日本人女性の現地採用のビザ更新についてです。
更新時期が迫っており、次回更新には上記額面通りで行きますと9000ドルが必要となることから「どうしましょう」との相談です。

当該企業の雇用契約書の中には、AWS(1ヶ月分の固定賞与)が設定されていることから、現在の月収x13(ヶ月)÷12で数字をならししていくことと、業績に応じた変動賞与も加味して調整支給するしかないことをアドバイスしました。

それでもSAT(自己診断ツール)を使って更新時の給与額を確認すると、とてもその額には追いつかないようで頭を悩ませています。

この社員は日本本社との数字の取りまとめや日本人駐在員の総務(ローカルスタッフに知られたくない海外出向給与等)を行っており、日本語で日本の本社とのやり取りをする上で必要不可欠な人材です。

では、この社員と同等のスキル・経験軸をもったシンガポール人が何人いるでしょうか。
大きな疑問です。
何度もこのコラムで述べておりますが、企業は能力を持った人間を雇いたいだけです。

その能力・経験・仕事遂行力をインプットとすると、それに見合った給与・ベネフィットをアウトプットとし、そのバランスが取れていることが「ジョブマッチ」です。

そのバランスを崩すがごとくの「倍返し」では、健全なジョブ・マーケットは崩壊し、更には人件費の高騰によりシンガポールから撤退事例が加速するかもしれません。

政府は、何とか「北風政策」で雇用主にはシンガポール人雇用を促す施策をあれこれ短期間で重ねていっていますが、ジョブスバンクで600人応募がきても3人くらいしか候補者に残らないのが現状です。

そろそろそのような施策がシンガポール人の雇用促進につながるとは限らないことを悟るべきです。
同じことを10年していても状況があまり変わっていない事も含めて再検証することを期待します。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2020年9月10日号「東南アジア人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。