第221回:撤退事例から学ぶ

弊社のIT関連企業の顧客も利用しているコワーキングスペース(共用オフィス)運営大手の米ウィーワークが、日本の民事再生法にあたる連邦破産法第11条の適用を米国の裁判所に申請して経営破綻しました。ソフトバンクグループが出資しており、大きな損失を出したことが日本でも報道されていました。

シンガポールではオフィスの賃料の高騰により、特にIT系企業では在宅勤務が常態化し、物理的に出社する必要性が無くなってきました。弊社の顧客のケースでは、EP(高技能労働者向け就労ビザ)の更新ができないため従業員を解雇せざるを得なくなったことに加え、広いオフィススペースが必要なくなったこともあり、ウィーワークに引っ越しました。

ウィーワークのビジネスモデルは、このような需要に応えるには問題ないように見えましたが、新型コロナウイルス禍により在宅勤務が普及したことも背景に利用者が激減し、米国の本体が先に破綻してしまいました。シンガポールや日本でのオペレーションは当面続くとのことですが、いずれは撤退するのではないかと予測できます。

先日、顧客とのミーティングが午前中に終わり、行きつけのラーメン屋に招待しようと訪ねたところ、いつの間にか撤退していました。はやっていたお店で味も美味しく、値段も手ごろで、しばらくは行っていませんでしたが、急になくなったことに喪失感を覚えました。

撤退の理由としては3つの事が考えられます。

1つ目は家賃の高騰です。弊社の顧客は南部の商業施設「VIVO CITY」で飲食店を運営していましたが、昨年、家賃更新の際に売りげ予測に見合わない賃料を提示され、撤退を余儀なくされました。立地が良いため、家主は「嫌なら他のテナントが入るので出て行ってもいい」という態度だったようです。

2つ目は人手不足による人件費の高騰です。最近はどのレストランに行っても、店頭に従業員募集広告のバナーがあり、キャッシャーの近くには「We are hiring!!(従業員募集)」と書かれたチラシが置いてあります。ショッピングモールの中のチェーン店であれば、人手不足が発生したら他の店舗から臨時でマンパワーを賄うことができますが、独立系の店舗では従業員がそろわないと営業ができません。

ある個人経営のイタリア料理屋は「従業員が確保できないため閉店します」との張り紙が貼ってありました。また、ランチの提供を止めてディナーのみの営業を行い、何とか従業員を確保しているお店もあります。

3つ目は立地です。お店を展開する場所を間違えてしまうと、当初見込んだ客数が確保できず、家賃の支払いが売り上げを超えてしまい赤字が累積してしまいます。

焼きとり店を経営していた知り合いのオーナーは、家賃の滞納が続けていました。ある日従業員が出勤すると店のシャッターが閉められていて、中に入ることができなくなっていました。将来的には顧客が増えると予測して出店をしましたが、家賃滞納が理由でロックアウトされ、撤退を強いられることになりました。

早期撤退を避けるためには、家賃や人件費などの経費と売上予測のシミュレーションをしっかり行うことが肝要です。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2023年11月16日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。