第215回:賃金改善モデルの導入

メーデー(5月1日)の祝日で3連休となった際に、最近リニューアルされ、MRT(都市高速鉄道)トムソン海岸線も開通して便利になった中心部の商業施設「グレートワールド(旧グレートワールドシティー)」に行ったところ、買い物や食事をする方でごった返していました。

日本や中国などで大型連休シーズンとなっているからでしょうが、観光客と地元客がミックスされ、飲食店の大半は午後2時を過ぎても満員状態でした。

施設内を観察していると、新型コロナウイルス禍が過ぎ去り、いわゆる「リベンジ消費」が起こっているのか消費が旺盛に見えます。そのような中で接客業である飲食・小売りでは人手不足が続いています。

店頭には従業員募集の広告を掲示され、レジの横に募集広告の入ったパンフレットを山積みにしている店もあります。正社員を募集する場合、給与の掲示の仕方は「〇〇Sドルから」と「最大〇〇Sドル」とそれぞれ下限または上限を提示する2種類が見られます。

求職者からすると、下限提示の場合は最低限確保できる給与額が明白です。反面、上限提示の場合はどこまで頑張れば、その金額に到達できるのかが不明瞭になりがちです。弊社が担当している小売業の顧客では、ポジション別で給与の下限を提示する形で募集広告のバナーを掲げています。

接客業の中でも特に小売りでは恒常的に人手不足となっており、マレーシア人など外国人を雇用してなんとか経営を維持している店舗が多くあります。シンガポール人を募集しても人が集まらず、入社しても早ければ1週間で辞めてしまうようなケースが起こります。

政府はこうした状況を打破しようと2022年9月に、低賃金労働者の給与を段階的に引き上げる「賃金改善モデル(PWM)」という制度を小売業にも導入しました。職位に応じて最低賃金を定めた格好です。

例えば販売員・レジ係の賃金の下限は、22年9月から月給1,850Sドル(約18万7,500円)に定められました。そこから23年9月には1,975Sドル、24年9月には2,175Sドルへと下限が引き上げられることが決まっています。2年かけて毎年8%以上の賃上げを行うことになります。

しかし、この額面通りに求人を出しても人が集まらないでしょうから、実質的には今年9月には2,000Sドル、来年には2,200Sドルといったようにさらなる引き上げが必要になりそうです。

賃金改善モデルに沿わなかった際の罰則規定としてはまず是正勧告があり、それでも改善が見られない場合は各種就労ビザの新規発行や更新の制限措置が取られます。小売業で働くシンガポール人を増やそうとする政府の意図がうかがえます。

賃金改善モデルの規定には、給与引き上げのほかに職業訓練を実施することも盛り込まれています。働く人の賃金とスキルの両方を引き上げることで、採用者数も定着率も上昇することが期待できます。

実際に弊社で人事代行を行っている小売業の会社でも、賃金改善モデルの導入に伴う効果がみられます。一度は他業種に転職したスタッフが、改善モデルの導入後に再雇用されるケースが増えています。

今後は1週間で辞めてしまうような人が出てこないことを期待します。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2023年5月11日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。