第216回:小売業・飲食業での人員定着率アップへの施策

アフターコロナで人との接触を気にする必要がなくなる中、当社近くの屋外のバーはどこも満席で、週末だけでなくいつも混んでいます。それもそのはずで4月の外食産業指数は前年同月から15%も伸びていました。

MRTの新線であるトムソン東海岸線の開通もあり、今まで行きづらかったショッピングセンターに足を運べるようになった消費者も多いのではないでしょうか。物価高もあり小売業の売上高は上昇していますが、人手不足は相変わらず続いています。

「募集しても誰も応募してこない」「採用してもすぐに辞めてしまう」とった悪循環が発生しています。小売業より深刻なのは飲食業です。

当社の顧客である飲食店は、深刻な人手不足の影響でランチタイムの営業を取りやめ、収益の高いディナータイムのみの営業に経営方針を変更しました。

今までスタッフの最低時給は9Sドル台でしたが、12Sドル台に引き上げた上で、なんとか店舗を運営しています。近所のマクドナルドでは、目立つところに従業員募集広告が掲示されています。正社員は「月給 $2,250Sドルから」と書かれています。

飲食業ではマクドナルドの賃金水準をベンチマーク(基準)としているところも多くあるため、他の飲食店の募集広告でも月給が2,000Sドルを超えるものが増えてきました。さらに最近特徴なのは、採用率を上げるための施策として「Sign Up Bonus (契約時の臨時賞与)」を提示する飲食店が増えていることです。

こうした臨時ボーナスは「勤続6ヵ月以上の場合のみ支給」などの細則が設けられていることが多いです。シンガポールでは低所得層の賃金水準を引き上げる施策として「賃金改善モデル(PMW)」という制度が設けられています。小売業には2022年9月に適用が開始され、定着率の向上にも貢献しています。

当社の顧客企業では、23年4月に個別業績評価に基づく定期昇給を行いました。22年9月以降に入社した社員の場合、23年9月までに給与水準をモデルの基準値に合わせればいいと認識していたため、23年の4月の昇給ではモデル基準値(販売員で月給1,850Sドル)と当該社員の給与に差額が生じていました。

しかし、人材開発省から差額分を支給するよう連絡があったため、5月の給与支払いで差額の是正をすることになりました。小売業では、人件費の上昇を販売価格に転嫁しない限り、利益が減っていくことが想像されます。

一方で、従業員の賃金アップにより定着率が向上すれば、継続的なトレーニングの実施でカスタマーサービスの品質向上、売り上げアップへの貢献につながることも考えられます。

賃金改善モデルは国民と永住権(PR)保持者を対象とした施策です。人件費上昇に直面する企業にとっては短絡的には悩ましいことですが、外国人労働者に頼らずに現地人材を雇用することで、長期的には小売業全体にとってもプラスになっていくことが期待できます。

弊社斉藤連載中Daily NNA 2023年6月15日号「シンガポール人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。