第26回 ASEAN進出企業のジレンマ:その13 撤退事例その3:やっぱり人がいない

6月1日の祝日後に新たな人材開発省(MOM)の担当大臣としてリム・スイセイが就任しました。

前の担当大臣は外国人雇用の規制に関してNO RETRUNと強い姿勢で臨んでいましたので発言には注目しました。

6月2日の地場新聞にもSTILL NO RETURNという記事の見出しが出ており、結局はまだ貫くのかと思いました。外国系企業や地場系商業施設などからも、労働力不足の緩和を求める声が強まっていますが、現行の規制を継続するとの事です。

その理由としては、労働力の自由化を推進すると、国内労働市場のシンガポールと外国人労働者との比較がいずれ逆転することと、この規制による競争力強化、労働環境の効率化、生産性の向上につながることが上げられています。

企業は当然、効率生を上げることを念頭に置いて経営をしています。ただ飲食業などの労働集約産業はやはりマンパワー=人出が必要です。

私が時々食べに行く和食レストランは従業員がいつも変わっています。耳にピアスをしている男性もいれば、いかに聞こえないふりをしているように感じるパートの年配の方もいます。

またサービスを提供している側の負担が大きいのか笑顔が無く、不機嫌なのが伝わってきます。なぜお客である我々が2倍のボリュームで店員を呼ばなければならないのか理解に苦しむところがあります。

最近の調査ではシンガポールのサービス(飲食やホテルなど)の満足度が60%台に落ち込んだとの報道もあります。

私の友人がセントサ島のホテルに家族旅行に泊まった際に、従業員と話をしようとしたら、中国語しか分からず英語でのコミュニケーションができなく要求が伝わらず、閉口したと言っていました。

政府は、人材不足に悩む経済界を、シンガポール人を優先する人材採用制度「フェア・コンシダレーション・フレームワーク(FCF、公平性を考慮する枠組み)」に基づき、シンガポール人雇用の支援策を検討しているようですがその具体的な方策は示していなく、結局は国民向けのNO RETURNばかりの言葉が新聞記事等で目立ち、では悲鳴を上げている商業施設・飲食業への真の<支援策>は無く、とにかく不機嫌でもピアスしていてもいいからシンガポール人雇えということでしょうか?

サービス満足度がみるみる低下していく中、このNO RETURNが果たして本当に生産性の向上につながるのかどうか疑問です。

最近弊社である日系の飲食業の人事総務面のお手伝いをさせて頂いておりますが、既に直営での展開を諦め、フランチャイズ方式に変えていくとのことで新規の会社を立ち上げました。

直営では特にサービススタッフの雇用・確保に限界があり、サービスクオリティーを維持できないとの危機感があります。

最近の撤退事例の一例としては、ホーランドビレッジにある西洋料理の店が「従業員が確保できない為閉店致します。」と貼紙が閉まったシャッターに貼ってあり、ここでも人出不足による撤退がありました。

場所は西洋人もシンガポール人も集まるいい場所であるにも関わらずサービススタッフがいない為に「閉店」につながった例です。

確かにサービススタッフを獲得しある程度の賃金を払い維持していくことは、大変だと思います。ただ、現行政府の方針が変わらない中で手を拱いているわけにはいきません。

ある飲食店では、耳の聞こえないムスリム系の従業員が一生懸命働いており、彼にはサービスマインドも笑顔もあります。身体障害者の雇用を守っているのと同時に客としては、不機嫌な五体満足の方よりこのような方からサービスを受けたほうが、数倍気持ちが良いです。

Daily NNA 2015年6月11日号「東南アジア人「財」羅針盤」より抜粋

コラム執筆者

斉藤 秀樹
斉藤 秀樹プログレスアジア 代表取締役
1966年東京生まれ。大学卒業後、小売・流通チェーン「ヤオハン」に就職。1993年より香港本社へ転勤後一貫して人事に携わる。同社清算後も大手人材紹介会社「パソナ」のタイ現地法人社長を務めるなど複数社で人事・経営に携わる。
2006年、タイ国立マヒドン大学経営大学院にて経営学修士取得後、シンガポールにグッドジョブクリエーションズを設立、2014年に同社売却。
2014年6月、シンガポールに、プロの人事集団「プログレスアジア・シンガポール」を設立。真に東南アジアでビジネスを展開する中小企業をサポートすることを使命に再び起業の道を歩む。